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夢絵・夢漫画

No.28

イラストとss

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・シャドウミルククッキー夢主・ドールゴースト味クッキー
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以下シャドウミルククッキーの過去捏造ss
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 魂を鷲掴みにされたような感覚に、ドールゴースト味クッキーは目を覚ましました。
 それまで霧散していた自分の生地が乱暴にかき集められ、型に押し込まれます。状況を理解するより前に、意識とともに自分のすべてが落ち窪んだ眼窩のような闇に吸い込まれていきました。
 闇の中、三日月のように歪められた無数の眼からの視線に刺されてやっと、ドールゴースト味クッキーはなにが起こったのか悟りました。
 闇の中を通り抜けた先には、天をめざすかのような塔がそびえたっています。塔のバルコニーに吐き出されたものの、ドールゴースト味クッキーの亡霊の生地では物に触れられません。本来なら着地するはずの床を通り抜け、カラダは階下へと沈んでいきます。
 踏ん張ろうとしても、久しぶりに生地を集約させたドールゴースト味クッキーにはその力がありませんでした。どんどん塔を落ちていき、ついには塔の底すらも超えてしまいそうになった時、手足が見えない糸に繋がったように吊り上げられて、ドールゴースト味クッキーのカラダは無理やり浮上させられました。
 ようやくカラダが安定したのは最初に吐き出されたバルコニーの上でした。すでに必要がなくなったものですが、生前の癖で息を整える仕草をしていると軽快な声が降りかかってきます。
「まだこの世に未練たらしくいたんだな〜、ドールゴースト味クッキー?」
「シャドウミルククッキー……」
 鏡がないのでわかりませんが、きっと自分の生地は白くなっているのでしょう。ドールゴースト味クッキーは目の前のシャドウミルククッキーを見上げました。闇の中にぽっかりと浮かぶ月のようなピエロの姿は、遥か昔の記憶となにも違いがありません。
「あなたは……帰ってきたのね」
「帰ってきたもなにも、俺はずっと月の裏側にいたさ。でも俺に会えなくてずうーっとさびしかっただろ? ドールゴースト味クッキー。感謝してくれよ、ビーストイースト大陸に散らばっていたお前の生地を集めてやったんだからさ〜」
「どうしてそんなことをしたの?」
 シャドウミルククッキーがくるくると自分の帽子を弄びながらご機嫌そうにしている中、ドールゴースト味クッキーは後退りしました。彼の陽気な声と裏腹な冷たい空気が生地にしみこんできます。
「あなたはワタシが嫌いなのに」
「嫌い? おいおい、勘違いしちゃって!」
 やれやれと言った具合にシャドウミルククッキーは首を振りました。ひらりと手に持っていたステッキが閃きます。
 一拍おいて、ドールゴースト味クッキーのカラダが粉々に砕け散りました。
 痛みこそないものの、バラバラになってしまったドールゴースト味クッキーは声も上げられません。混濁する意識の中で、つんざくような高笑いとシャドウミルククッキーの低い声だけが聞こえます。
「新しい塔を建てたから、調度品が足りなかったんだよ。調度品としては大好きさ、ドールゴースト味クッキー」
 今の状態なら、時間さえ経てば自分のカラダはまた集約していくでしょう。けれど、ドールゴースト味クッキーは喜べませんでした。
 もう二度と会えないと思っていた彼に再会できたはずなのに、未だすべてが遠くに感じられたからです。

 ドールゴースト味クッキーがまだドール味クッキーと呼ばれていたころ、住んでいた村にあるクッキーがやってきました。
 当時、村には医者がおらずクッキーたちは医者のいる隣の村に行くか薬の行商クッキーが通りがかるのを待つしかちゃんとした治療を受けるすべはありませんでしたが、そのクッキーが医学、薬学など様々な知識を授けてくれたおかげで村はその恩恵に預かることができました。
 みな喜び、みな彼が大好きでした。
 彼はミルククッキーと言いました。
「村長さんが、あなたにずっといてほしいって言ってるわ」
 ドール味クッキーはゼリーを配膳しながら言いました。
 ミルククッキーはチラッと目線だけ動かしてくすんと笑いました。
 彼が泊まっている宿の給仕係をしていたのが当時のドール味クッキーでした。彼女の問いには答えずに食事を始めたミルククッキーに、ドール味クッキーは肩をすくめました。
「でも行ってしまうのよね。わかるわ。ワタシもその方がいいと思うもの。だってこの村にいても退屈でしょう」
「退屈だとは思っていないさ」
 スプーンを少し振ってミルククッキーはやっと答えました。
「自分の村を悪く言うもんじゃあない。ここには医者がいなかっただけで、景観も良いし良い宿はあるし食べ物もおいしい」
「けれど、他にはなにもないわ」
「小さいけど劇場もある。ドール味クッキーはそこでダンサーをしているんだろ?」
 ぎくりとドール味クッキーは生地を固めました。ミルククッキーは素知らぬ顔でいます。
「……いいえ、勘違いしてる。ワタシ確かにそこでも働いているけど、ただの雑用係よ」
「へえ。じゃ、劇場の座長が嘘をついていたのかな」
「…………どうぞごゆっくり、賢者さん」
 ドール味クッキーは急に居住まいを正すと、ぺこりとお辞儀をして彼の前からそそくさと逃げ出しました。
 本当は彼の言う通り、ドール味クッキーは劇場でダンサーをしています。ですが、まだまだ未熟なため舞台に出してもらえないのです。舞台に立てないぶん、生計を立てるために他の場所で働くしかなく、そのような生活がずっと続いていたのでドール味クッキーは自分のことがちょっぴり恥ずかしいのでした。
 そんな自分と、豊富な知識を持ちみなから好かれているサクサクなミルククッキーは雲泥の差です。彼の前でダンサーであると名乗るのは嘘をついているように感じてしまって、余計に嘘を重ねて自分の至らなさを誤魔化してしまったのでした。けれどドール味クッキーの粗末な嘘など、ミルククッキーには通用しないでしょう。
 やはり恥ずかしい気分になりましたが、彼は悪くありません。ドール味クッキーはまた別の客のために料理を運ぶ仕事に戻りました。
 ドール味クッキーが粗末な嘘のためミルククッキーと顔を合わせづらくなった頃、村には冬が訪れました。この地ではシュガースノーが深く降り積もり、村は外界から閉ざされます。だから冬の時期に病気や怪我をすることは本当につらいことだったのですが、ミルククッキーがいてくれたおかげで今季の冬は寒さこそあれど穏やかなものでした。
「ドール味クッキー、そろそろ舞台に上がってみるか?」
 ある朝、劇場の座長クッキーから投げかけられた言葉に、ドール味クッキーは持っていた箒を落としそうになりました。
「本当ですか?」
「嘘ついてどうする。さあ、出る気があるなら衣装を見繕っておいで」
 ドール味クッキーは生地に喜色をめいっぱいにじませて、舞台衣装部屋へ駆け込んでいきました。
 先輩クッキーたちから言祝ぎとアドバイスを受け、衣装を選んでいる時、ふとドール味クッキーの脳裏にミルククッキーのことが浮かびました。あの時は粗末な嘘をついてしまいましたが、嘘ではなく真実になれたのだと彼に言いたくなりました。ですが自分の至らなさを隠すために嘘をついた自分を、ミルククッキーはどう思ったでしょうか?
(彼は嘘つきの舞台を見たくはないかもしれない)
 ドール味クッキーは先ほどまでの浮かれた気分を少し落ち着けながら、結局ミルククッキーを呼ぶのはやめることにしました。
 その後、緊張しながらも舞台に立ち日頃の成果を出し切ったドール味クッキーは、拍手に包まれながら舞台を後にすることができました。
 初めての舞台でしたので興奮で生地が火照ります。このままではオーブンの中より熱くなってしまいそうでしたので、生地を冷やそうと劇場の裏口に向かったドール味クッキーはふと、先客がいることに気付きました。
「最近は雑用係も舞台の上に立つのか? 知らなかったな」
 ミルククッキーが大げさな身振りで挨拶します。ドール味クッキーは戸惑いましたが、やがて恥ずかしそうに笑いました。
「ええ。あなたにも知らないことがあったのね」

「今日の太陽と月の話はとても面白かったわ」
 テーブルの上に羊皮紙を広げながら、ドール味クッキーは言いました。
 ミルククッキーはさきほどドール味クッキーが持ってきたお茶を飲んで黙って聞いています。今日の給仕の仕事が終わったドール味クッキーは、宿屋の食堂でミルククッキーとテーブル越しに向かい合わせに座っていました。広げているのは彼の講演を聴講して、ドール味クッキーが書いたものです。
「果物が落ちることと太陽と月の話が繋がると思わなかったから、興味深かった。でも哲学の話は複雑ね。あなたのおかげで理解はできたけど、釈然としないものもあるわ。結局『否定の否定は肯定』って、物事をわざとややこしく考えすぎじゃない?」
 ここでミルククッキーが軽快に笑い出しました。ドール味クッキーは頬杖をついてため息をつきました。
「ワタシに哲学は早いみたい。仕事してる間も考えていたけれど、頭がこんがらがるし洗っていたコップを割ってしまったわ」
「まあ、今日一日で哲学の境地に至れたなら俺はドール味クッキーにこのソウルジャムを明け渡さなきゃならなくなる。コップを割ってもらって良かったよ」
 ドール味クッキーは湿度がこもった視線をミルククッキーに投げかけましたが、ミルククッキーは素知らぬふりです。
「馬鹿にしてるわけじゃない。熱心な生徒がいて嬉しいよ。わかるだろ?」
「……あなたの生徒になれてワタシも嬉しいわ」
 少し拗ねながら紙の端に月の落書きをはじめて、ドール味クッキーはにっこりしてるミルククッキーから目を逸らしました。
「今まで村長さんが皆を集めていくらか物を教えてくださったけど、あなたの言葉で聞く方がうんと理解ができるから。ねえ、そうだ。あなたは本を書いてないの?」
「本?」
「本があれば、あなたが村を去ってもワタシは勉強ができるじゃない」
「村にも本はあるだろう?」
「あなたの言葉で綴られた本が欲しいわ。それなら理解がしやすいし、またあなたに会えた気分になれる」
 ミルククッキーに教えてもらう以前から、ドール味クッキーは世界が広いことを知っていました。しかし彼の地理や年代記の話を聞くたびに、それがどんどん現実味を帯び、そしてミルククッキーがドール味クッキーの住む村から旅立てば二度と会えない可能性の方が高いことがより深く理解できました。
 ここよりも素敵で興味深い場所、または彼と並び立てなくても高い知性を持つクッキーたちがいる場所の方が、ミルククッキーにはぴったりでしょう。いつか落ち着ける場所が必要だったとしても、この村ではないとドール味クッキーは感じていました。
 ふいにドール味クッキーは落書きをしていたペンを取り上げられました。顔を上げるとミルククッキーと目が合います。
「他クッキー任せはよくないな。ドール味クッキー、本が欲しいなら自分で書くんだ」
 取り上げたペンをドール味クッキーに再び差し出しながら、ミルククッキーは言いました。ドール味クッキーはぽかんとします。
「でも……ワタシ、あなたみたいに賢くないわ。本なんて書けっこない」
「じゃあ今、テーブルの上に広げられているものはなんだ? 読み書きだってできるようになったじゃないか。ドール味クッキー、できないわけじゃない。君がこの村から出られないと思い込んでるのと同じでね」
 差し出されたペンを見つめながら、ドール味クッキーは目のアイシングを瞠目させました。なにか返事をしようと思っても言葉が出てこないのは、ミルククッキーに言外の考えまで言い当てられて気遅れしたからです。
 念願の舞台に出られはしましたが、それはこの小さな村だからできたことだとドール味クッキーは世界の広さを知るにつれ同時に理解したのです。きっと華やかなクッキー溢れる都に出られたとしても、また舞台の雑用係に逆戻りでしょう。もう一度こつこつ下積みをしたとして、果たしてこの村同様うまくいくでしょうか。そもそも、ドール味クッキーは未だ舞台の主演を勤めているわけではありません。舞台に上がれこそしましたが劇の中のほんの一役に過ぎないのです。だからまだ宿の給仕係から抜け出せていません。そんな自分が外の世界に出るなんてこと、想像できないのです。
 ドール味クッキーはミルククッキーの目をおそるおそる見てみました。アシメントリーなアイシングの目に、ふざけている表情は映っていませんでした。ただ、臆病な自分がいるだけです。
 ミルククッキーは特別なクッキーです。村に行商にやってくるクッキーが、彼は神の代理人なのだと言っていました。あまりに壮大な話すぎてはじめはただの面白がった噂なのではと疑いましたが、間近で彼の賢さを見ているとあながち嘘ではないのだと感じるようになりました。ソウルジャムなど、ふつうのクッキーが持っていないものも彼は所持しています。
 ですから、こうやって談笑をする仲になってもドール味クッキーは彼をどこか遠くに感じていました。いつかミルククッキーは村とドール味クッキーから去っていきます。その事実をなんでもないように受け止めたくて本の話を切り出したのですが、彼はどこまでドール味クッキーの本意に気付いているのでしょうか。
「ワタシは……」
 声が出ました。ですが、言葉の末尾はとてもか細く消えていきます。
「シュガースノーが……シュガースノーが降らなくなったら、考えてみるわ。外界への道が開いたら……」
 ドール味クッキーはミルククッキーからペンを受け取りました。
 窓の外では、シュガースノーが夜の音すべてを取り込みながらしんしんと降り積もっていました。

 それからしばらくも経たないうちに、村に不安の色が差すようになりました。
 例年より冬が長く続いているのです。
 降りしきるシュガースノーは白い悪魔のように村を囲みます。外界から閉ざされるためたっぷり蓄えをしてからこの村は冬を迎えるのですが、それが想像よりも長い日数になればクッキーたちはたちまち困窮してしまいます。
 村のおとながミルククッキーを交えて幾度も話し合いを設けましたが、打つ手がありません。そこでミルククッキーから提案がありました。
 ミルククッキーは神の代理人です。知識だけではなくソウルジャムの力も扱えます。彼なら外界に向かうことができるとのことでした。外界に出て、助けを呼んだり物資を運ぶことを提案してくれたミルククッキーに村のおとなたちは安堵と感謝を示しました。
 ただ1種、別の考えを持つクッキーがいました。
「彼は悪魔だ」
 ある夜、ミルククッキーを除く村のおとなが全員呼ばれると、村長が怨嗟の口火を切りました。
「なにが真理の賢者か。彼が来たから、冬が終わらないのだ」
 突然の発言に、みな驚き慌てました。
「そのようなことを言わないでください。ミルククッキーは我々を救ってくださろうとしているではありませんか」
「救う? 違う、我々をもてあそぼうとしているのだ。外界に出て行ったとて、自分だけ逃げようとしているのか、更に不幸を呼び込もうとしているのだろう」
「なにを根拠に……」
「あそこまでの知識と力を持つクッキーがいること自体、不自然ではないか?」
「ですが彼は色々なことを教えてくださり、村を助けてくれました」
「いいや、あれは助けではなかった」
 村長が首を振ります。
「そもそも、ミルククッキーが来る遥か前よりずっと村は続いていた。過不足なかった。彼が教えた医学も薬学も、本来はクッキーには必要ないものだったのだ。怪我や病で粉に戻ったとして、それは自然の摂理。それを歪めたから天災が起きている」
 集まったクッキーたちの間に動揺が走りました。
「彼は我々を混乱に導こうとしている。語りがいくら上手くても信用するな。ミルククッキーは我々と違うのだ。詭弁に振り回されるな。彼を許すな」
 怒りに満ちた村長の言葉に、空間は段々と侵食されていきました。みな不安なのです。実はもとより、ミルククッキーが外界に助けを求めたとしてこの深刻な状態になった雪山では道を切り開けるかわからないし、物資を分けてくれる村がどれほどいるのでしょうか。この例年より長い冬に他の村も困っているでしょうし、この村に対価にできるほどの資金もありません。どんなに親しくなったとしても、ミルククッキーは外界からやってきたクッキーです。長年村を見守ってきた村長と異物のクッキー、どちらを信用すべきなのか。みなの天秤は、吐き出したい不安によりおぞましい均衡をとりはじめました。
 空間が怒りに染められはじめた頃、すっかり生地を青ざめさせて慎重に扉の隙間を抜ける影がありました。
 影の主であるドール味クッキーは外に出るとまっすぐにミルククッキーのもとに転がるように駆け込み、村のクッキーたちに見つからずに話せる場所へと彼を連れて行きました。
「逃げて!」
 息も絶え絶えに告げるドール味クッキーに、ミルククッキーは目を見張るとその肩に手を置きました。
「どうした? 落ち着いて話してくれ。なにがあった?」
「村長が……村のみんながあなたのせいで冬が長引いてるんだって……。ここにいると危険だわ。今すぐに逃げて」
「逃げないとどうなる?」
「みんな、見たことないぐらい怒ってた……あなたは特別なのでしょうけど、襲われたらどうなるか……」
 寒さよりも先ほどの光景を思い出したせいで、ドール味クッキーはがたがたと震えはじめました。
「あなたが来る前は、みんなに物を教えるのは村長の役割だったのよ。きっと自分より賢いあなたに嫉妬して、立場を取られたと思い込んだんだわ。でなければあんな酷い嘘を……」
 ドール味クッキーはめまいがしてきました。いつも見知ったはずの面々が、まるで仮面を被ったかのように違った顔になっているのです。自分が知っていたはずのものはなんだったのかと、恐怖を覚えました。
「……村長があまり俺のことをよく思っていないのは知っていたよ」
 ドール味クッキーの取り乱した様子とは裏腹にミルククッキーは冷静でした。
「俺のことは心配しなくていい。だが、ドール味クッキーはこんなことをして大丈夫か?」
「ワタシは……」
 ドール味クッキーの視線が彷徨い、ミルククッキーに辿り着きました。何度も彼と向かい合い話をしてきましたが、今夜で最後かもしれないと思うと、胸の奥が冷たくなりました。
 風が強くなりました。吹き飛ばされないように、ドール味クッキーは立っているのがやっとでした。
「ワタシは……ワタシも外に出るわ」
 ミルククッキーの目が一瞬あどけないと感じるほど透き通りましたが、すっともとに戻りました。
「わかった。君1種なら雪山を一緒に越えられる。本当は村のクッキー全員を運びたいところだったんだが、たぶん途中で凍ってしまうだろうから……上空はうんと冷えるからできなかったんだ」
「天気の話の時に習ったわ」
 弱々しくはありましたがドール味クッキーは微笑みました。
「どうすればワタシは凍らずにすむ?」
「君が抜け出したのは気付かれているか? 今のうちにたっぷり着込んで、温石を懐に入れよう。後は俺が抱える。雪山を越えたら、村の状況を他の村に伝えることはしよう」
「ありがとう、ミルククッキー」
 ドール味クッキーは頷いてミルククッキーを抱きしめましたが、すぐにぱっと離れました。
 雪山を越えるために、準備をしなければなりません。幸い、ドール味クッキーの家は村長の家からだいぶ遠いところにありました。周囲にまだ誰もおらず、室内も静かなのを確認するとドール味クッキーは家に入って準備を始めました。ミルククッキーは表で見張りをしてくれることになりました。
 急いで防寒着を着込み温石をどう手早く用意しようかと暖炉のある部屋に飛び込んだところ、自分以外の影がふらりと視界に飛び込んできてドール味クッキーはぎょっとしました。ミルククッキーではありません。
「座長……」
「ドール味クッキー、なにをしている?」
 おそらく抜け出したドール味クッキーにこっそりついてきて先回りしたのでしょう。座長の声はひどく落ち着いていましたが、ドール味クッキーのココロを底冷えさせました。捕まえられるかと思いましたが、座長はドール味クッキーの目の前に立ったまま話し続けます。
「自分が生まれ育った村を捨てて、余所者のクッキーと行くのか?」
「いいえ、座長。そもそも彼は……」
「身寄りのない小さなクッキーだったお前を育てたのは村のおとなたちだ。その恩を裏切るのか? ドール味クッキー、私は怒りにきたわけじゃない。助けに来たんだ。目を覚ませ。ミルククッキーはお前の思っているようなクッキーではない」
「……どの口が! 散々彼にお世話になっておいて……」
「私も彼を悪魔だと思ってはいないよ」
「ならどうして……」
「ただ彼と私たちは違うのだ」
 座長はしっかりとした声音で言いました。
「ドール味クッキー、彼を助けたいならひとりで行かせれば良いじゃないか。なぜ自分も着いて行こうとする。それはエゴだ。彼を愛しても不幸になるだけだよ。ミルククッキーは神の代理人で、君など相手にならない」
 ドール味クッキーは言葉を詰まらせました。ざわりとしたものが胸中を撫でます。
「確かに彼は親切で優しいだろう。だがそれはお前だけにではないよ。彼の前では皆平等だ。だから特別な者はいやしない。彼の特別にはなれないよ、ドール味クッキー。君が外に出たところでどうする? ずっと彼の後ろをついて回るのか? 対等な関係にどうやってなる? この小さな村でも舞台の主演を務められないお前が」
 ドール味クッキーはへなへなと床に座り込みました。
 言い返せなかったのです。
 座長の言う通り、本当に彼を助けたいなら着いて行かずに今すぐ行かせるべきです。この時間も無駄なもので、行くのなら座長の言葉に耳を傾けずすぐにミルククッキーのところへ走り出すべきです。けれどドール味クッキーの足には力が入りませんでした。
 ミルククッキーと話していたら、自分はなんだってできそうな気がします。しかし、それはミルククッキーの『特別』を感じて自分にもあたかもそれが宿っているかのような気分になっているだけではないでしょうか。いくら彼にわかりやすく説明してもらっても、哲学の話が飲み込めなかったのと同じように、自分は教えは乞えても同じ存在にはなれないのです。
 異常な空間を目の当たりにして、ドール味クッキーのココロは昂っていました。けれど、今こうして座長に冷たく諭されていると自分のココロが果たして冷静なものなのかわからなくなっていきます。
 勢いに任せ、ミルククッキーに着いて行ったとして。
 小さい世界の舞台の主演にもなれない自分は、彼の世話になるしかない。彼が自分を責めなかったとしても、それは初めから対等ではなかったから……。
「村長たちはすぐにここに来るだろう。早くミルククッキーをひとりで逃してやりなさい。今なら私が村長にちゃんと君が村に残れるよう話す。ミルククッキーのことは忘れなさい、お互いのために」
 前がよく見えません。座長の声だけが聞こえます。
 あれだけたくさん教えてもらったのに。
 ドール味クッキーは、自分のココロがどこにあるのかわからなくなってしまったのでした。
 それから自分がどうしたのか記憶が曖昧です。けれどなにが起きたのかはわかります。ドール味クッキーはいつまで経っても家から出てきませんでした。ミルククッキーはなぜ彼女が出てこないのか、賢い彼ならすぐ理解したでしょう。村長たちがやってくる前に彼は村から去りました。
 つい先刻、ミルククッキーを抱きしめた感触が腕に残っています。ですが次第に、消えてなくなるでしょう。

 あれからどれほど時が経ったでしょうか。
 神の代理人である知識のクッキーが堕落したという噂が大陸中に広まるのと同じはやさで、偽りが地に満ちました。
 荒唐無稽な嘘に誰も彼もが惑わされているなか、偽りの主が支配する領地に足を踏み入れる老女のクッキーがいました。
 領地の入り口にあるアーチのてっぺんに、ぎょろりとした目があります。その目がぐるりと回って老女のクッキーの姿を捉えましたが、たちまち興味を失くしてもとの位置に戻りました。どのような理由であれ、この地に足を踏み入れるクッキーは珍しくないのです。昨日は興味本位のクッキーが、また一昨日は軍列を組んだクッキーたちが復讐のため訪れましたが、訪れる者こそあれ偽りの塔から帰ってくるクッキーはまだ誰もいませんでした。
 老女のクッキーはアーチをくぐり、焼き上がったメレンゲの木々の下を通り、ミルククラウンフラワーの花畑を通り抜けました。
「オオカミだ! オオカミが現れた!」
 偽りの塔が近づいてくると、唐突に叫び声が響き渡りました。歪んだ監視塔の中に咲いた花が叫んでいるのです。老女のクッキーは生地をこわばらせましたが、歩調を変えずに橋を渡りました。
 とうとう塔の中に入ることができましたが、依然として誰にも出会っていません。老女のクッキーは探しているクッキーの影がどこかにないか、ゆっくりと塔の中を進んでいきました。
 回廊を抜ける時に不気味なものを見ました。今はもう廃れた故郷が浮かんでは消えるのです。老女のクッキーは頭を振りながら、塔の中を迷い歩きました。
 ですがこの老女のクッキーは特別なクッキーではありません。この塔に足を踏み入れた色んなクッキーの例に漏れず、いつまでも続く階段を登り続け、果てにたどり着いた尖塔のバルコニーだと思って踏んだ床がぐにゃりと沈んで穴になると、抵抗できないまま暗闇の中へ吸い込まれていきました。
 シャドウミルククッキーは、十把一絡げのクッキーがまた自分の塔と領地を彷徨うしかない亡霊になったのを感じましたが、幾度めかもうわかりません。むしろ昨今はマンネリズムに陥っていますので、最高のエンターテイナーとしてはもう少し領地に趣向を凝らした方が良さそうです。
 今は配下たちも自分の言いつけに従って塔を出ていますし、若干の退屈な時間を持て余しておりましたので、ふと気まぐれが起きました。たった今粉になったクッキーに、自分の領地の感想を聞いてみることにしたのです。
 粉になったのは確か老女のクッキーでした。興味本位で偽りの地に踏み入るにはいささか老いすぎています。ならば一昨日来た軍隊のように自分への復讐が目的か。どちらにせよシャドウミルククッキーは気にしません。
 見えない糸に繋がれて、鮮やかなステンドグラスに包まれた部屋に亡霊が引き摺られてきました。
「ご機嫌よう! さて本日はどのようなご用件で参ったのかな?」
 老女のクッキーに躍然と袖を振って挨拶しましたが、相手は亡霊になったばかりでうまく声が出せないようです。シャドウミルククッキーはボリュームのつまみを上げる仕草をして、相手の喉を無理やりこじ開けました。
「もーっと大きな声で! 歓声がないと悲しいだろ? レディ、俺の塔はどうだった? お気に召して頂けたかな?」
「…………いいえ」
 だらりと垂れ下がった姿の老女のクッキーは弱々しく答えました。せっかくこちらが親切にしているのに誠意がありません。シャドウミルククッキーは眉をひそめました。
「それだけ? 本当はたくさんあるだろ〜? まあ、確かに最近マンネリズムに陥ってるのは認める。せっかくなんだ、改善のアドバイスをくれよ。なにが1番面白かった?」
「…………」
「おいおい、答えてくれないとアンケート結果が出ないだろ〜? それに最初の質問に答えてないのもいけないな、俺は丁寧な紳士だからもう一度聞こう。なにが目的でこの塔へ?」
「……あなたに会いに」
「おお、なら念願は叶ったな!」
 シャドウミルククッキーが拍手すると、どこからともなく薄気味悪い笑い声と拍手が湧き上がりました。正体のない笑い声に囲まれながら、老女のクッキーは黙っています。
「どうして俺に会いたかったんだ? 俺の熱烈なファンだとか? それとも、愛するクッキーを俺のせいで殺されたとか?」
「謝罪に来ました、ミルククッキー」
 ぴたりと笑い声がやみました。
「あの冬の日のことを」
 あれだけ愉快そうにしていたシャドウミルククッキーの顔から表情が消えました。
「……ドール味クッキー」
 もてあそんでいた亡霊の顔を見つめ直して、シャドウミルククッキーは何年も口にしなかった名前を呟きました。老女になったドール味クッキーはひとつ頷きました。
「フフ」
 表情を消したのも束の間、シャドウミルククッキーの目と口の端が三日月のように弧を描きました。
「アハハハハハ! すっかり老いぼれたな! それでなんだ、謝罪? ああ、じゃあ俺は涙を浮かべて謝罪を受け入れて喜べばいいのか!」
 哄笑が虚空いっぱいに広がります。シャドウミルククッキーは一通り笑った後、気怠げに空中に寝そべりました。
「謝罪なんか必要ないさ。だって俺はすっかり忘れてたから。お前に会って思い出したが、どうでもいいね〜。で、他になにかあるか? 俺も暇じゃないんだ」
「いいえ。謝るのはこちらの勝手なので、あなたが受け入れなくてもかまいません」
「あ、そう。にしてもかわいそうに〜。無駄なことで死んで永遠に俺の塔と領地を彷徨うことになるなんて!」
「無駄ではありませんでした」
 老女のドール味クッキーは静かに言いました。つまらなさそうに袖をいじっていたシャドウミルククッキーは不機嫌に目を細めました。
「あの日からずっと後悔して、あなたを探していた。ようやく見つかったと思ったら、あなたは変わってしまったけれど……。でもどうしてでしょう。それでもあなたとの会話を懐かしく思います」
 シャドウミルククッキーは見るからにいらいらしてきました。ドール味クッキーの言葉は耳に障ります。
「自己満足にひたれて良かったな。お前との会話は、思い返せば嘘ばかりだった。俺は嘘がいっとうに好きだが、お前のは稚拙でつまらないものばかりだった」
「ごめんなさい。自分の未熟さを誤魔化さずにいるべきでした」
「お前は愚かなクッキーだったよ、ドール味クッキー。いや、もうドールゴースト味になっちまったか。なんとも湿気てて、お前にぴったりだ」
「ええ……」
 ドールゴースト味クッキーは目を伏せました。
「愚かでした。あなたの言う通り。あの日、残るのだと決めたとしてもせめてあなたと言葉を交わしてから決めるべきでした。あなたとワタシのことだったのだから。ひとりで行かせてしまってごめんなさい、ミルククッキー」
 びしりと空気が震えました。寸の間を置いて、空間にあった窓ガラスに亀裂が入りました。
「俺はシャドウミルククッキーだ。二度と間違えるな」
 シャドウミルククッキーの怒気をはらんだ声がひとつずつ響くたびにガラスが割れていきます。
「みっともなく謝るのもやめろ。俺に謝罪の必要はない。お前の中じゃ俺はずいぶんとかわいそうみたいだな、ドールゴースト味クッキー」
 シャドウミルククッキーがうんざりした様子で手を振るとドールゴースト味クッキーの亡霊の姿がぐにゃりと曲がりました。苦悶の声を上げるドールゴースト味クッキーにはお構いなしにシャドウミルククッキーが続けると、かつての若い彼女の姿が現れました。魂の記憶から強引に形状を戻されたドールゴースト味クッキーは苦しみながら床に這いつくばるようにしています。ステッキで顎をすくいその顔を無理やり上げさせたシャドウミルククッキーは、彼女を睥睨しました。
「かわいそうなのはお前だ。ダンサーだったよな、踊らせてやるよ。ちょうどいいオルゴールを作ってやる。オルゴールの飾りとして永遠に過ごせよ、ドールゴースト味クッキー」
 ドールゴースト味クッキーは目に悲しみを浮かべると、かぶりを振って薄闇にすっと姿を溶かしました。シャドウミルククッキーは長い嘆息をもらしました。
「逃げても俺の領地からは出られないぞ。まあいい。オルゴールが完成したら呼んでやる」
 闇の中からも、嘆きの声に似たため息が聞こえてきました。
 こうして『かわいそうな』ドールゴースト味クッキーはシャドウミルククッキーの塔のしがない影のひとつになりました。彼が封印されるその日まで、会話にならない会話を何度もしました。
 シャドウミルククッキーとはもう過去のように話せないことを理解しつつも、ドールゴースト味クッキーはシャドウミルククッキーの力が及んでいることだけではなく未練から魂を地上に留めていました。
 本当は、彼が自分のことを憶えているかかも不安だったのです。けれど彼は憶えていました。
 自分の謝罪は受け入れられなくても構いません。ただ、彼のことを『かわいそう』だと思って謝罪したわけではないことだけはわかってもらいたかったのです。
 しかしそんなドールゴースト味クッキーの気持ちは伝わらないまま、シャドウミルククッキーは封印されることとなりました。
 偽りの塔から解放されても、彼のそばに居過ぎたせいか、ドールゴースト味クッキーの魂は消えませんでした。
 そのままビーストイースト大陸を漂い、果てしないほどの時が流れました。今や形を保てず空気に散らばる粉としか存在できないドールゴースト味クッキーでしたが、ある時再びその意識は浮上しました。
 彼が帰ってきたのです。

「人形部屋を作った」
 と、シャドウミルククッキーは言いました。
 ところせましと彼に似た人形がたっぷり並べられ、あとは配下のブラックサファイア味クッキーとキャンディアップル味クッキーの人形が一体ずつ、そしてついでとばかりに見知らぬ太陽を思わせるクッキーの人形とわざと粗雑にしたに違いない落書きで作られたクッキーたちの紙人形が少し。
 そんな部屋でドールゴースト味クッキーはガラスの箱の中に急に詰め込まれましたが、無事抜け出すことができました。彼が本気で閉じ込めるつもりでしたら到底抜け出せなかったはずですので、単なる戯れだったようです。
「行儀の悪い人形だな、せっかく箱を用意したのに気に入らなかったのか〜?」
 力任せに抜け出した反動で人形の山に飛び込んでしまう形になった滑稽なドールゴースト味クッキーをひとしきり笑った後、シャドウミルククッキーがからかってきます。
 ドールゴースト味クッキーは湿気た顔で彼の似姿をはねのけ起き上がりました。本来、亡霊である自分では触れられないはずですが嘘や噂の糸で織られた布を使用しているのでしょう。
「人形ではないもの、ワタシ」
 消えることのなかった慙愧の念と彼への想いで現世に留まっているドールゴースト味クッキーでしたが、彼に苛まれるのも、彼が非道な行いを他者にするのも好きなわけではありません。はじめの頃は自罰的な気持ちで黙っていましたが、時が経つにつれて突っぱねるような態度をとるようになってしまいました。なんにしても、シャドウミルククッキーの態度は変わりません。
 封印から帰ってきても自分に対して相変わらずな態度をとるシャドウミルククッキーにわずかな安堵と反抗的な気持ち、そして疑問を覚えます。
 ビーストイースト大陸中に散らばっていた自分の粉を集めるのはいくら強大な力をふるえるクッキーの彼とは言えど面倒な仕事だったはずです。なぜわざわざそんなことをしてまで自分を呼び戻したのでしょうか。
「贅沢な人形だ」
 やれやれといった具合に首を振ったシャドウミルククッキーはまたたきひとつで部屋に豪奢なベッドを置きましたが、自分がそこに寝転びました。広々としたベッドでしたが、ドールゴースト味クッキーは腕を組んで近づきませんでした。
「ドレッサーも用意してやろうか〜? 生きてる頃のごっこ遊びがしたいんだろ」
「いいえ」
 すぐに姿を眩まそうとしたドールゴースト味クッキーでしたが、去ることができないのに気が付きました。じっとりとシャドウミルククッキーに視線を投げて寄越しましたが、シャドウミルククッキーはベッドの上で寝そべりながら頬杖をついています。
「俺の塔の飾りのくせに姿を消してばかりじゃ意味ないだろ。せっかくの復活だ、おおいに楽しめよ〜。キャンディアップル味クッキーもお前に会えなくて寂しがってたようだし」
「あの子を意地悪に使うのはやめてあげて」
 そういえば、とドールゴースト味クッキーの思考が移り変わりました。今日はキャンディアップル味クッキーとブラックサファイア味クッキーを見かけていません。このところ塔から出かけていることが多いようです。
「あの子たちになにをさせているの?」
「なにって、いつも通り愛と平和を世界に広めてもらってるに決まってるだろ〜?」
 ドールゴースト味クッキーは近くにあったクッションを投げましたが、見えない壁に弾かれてシャドウミルククッキーには届きませんでした。
「……帰ってからあなた、忙しそうだわ」
「そりゃあ久しぶりの復活だからな」
「妖精王以外にあなたの遊び相手がいるの?」
 ふっとシャドウミルククッキーの両目に不穏な色が閃きました。
「俺の遊び相手はいつも大陸中にいるさ」
「そうでしょうけど……」
 ドールゴースト味クッキーは言おうか言わまいか悩んでいたことがありましたが、自分に対して遠慮のかけらもないシャドウミルククッキーに気を使う必要はないか、という心待ちになってきました。なぜって彼はとても意地悪だからです。
「一度封印されたからかわからないけど、あなた、昔より衰えてるわ」
 今でももちろん、彼の力は一般のクッキーが到底及ばない域にあるのですが、ドールゴースト味クッキーは再びカラダが集約される時、ビーストイースト大陸にシャドウミルククッキーが持っていたソウルジャムの気配を不思議なことにふたつ感じたのです。
 再会したシャドウミルククッキーに昔との違いはあまり感じられませんでしたが、詳しいことはわからずとも彼の力が削がれていることは長年そばで見てきたドールゴースト味クッキーのようなただの亡霊でも気付いてしまいました。
 不意に、ぽとりと目の前に見知らぬクッキーの人形が落ちてきました。
「魔女が俺のソウルジャムの力を半分奪い、そいつに分け与えた」
 いっそぞっとするほど淡々とシャドウミルククッキーは言いました。彼にとってまったく良い話ではないはずです。
「そう……」
 ドールゴースト味クッキーは人形を持ち上げました。シャドウミルククッキーの様子に嫌な気配を感じましたが、人形へ興味が湧いたのです。
 穏やかな顔に、太陽を思わせる意匠。
「この子に会ってみたいわ」
 シャドウミルククッキーとは似てもにつかぬ姿ですが、ふと奇妙な懐かしさを感じてドールゴースト味クッキーは呟きました。
 途端に人形が上に引っ張り上げられました。見上げるといつの間にか移動していたシャドウミルククッキーがこちらを見下ろしています。
「俺の力だ。お前が手を出すなよ」
 次の瞬間、ドールゴースト味クッキーは見えない力でベッドに叩きつけられました。生地が割れることはありませんでしたが、自分に覆い被さってくるシャドウミルククッキーからの激しい気配を感じてカラダが震えました。
「俺が一度封印されたからってちょっと舐めちゃってる? 衰えてると感じるなら、この塔から抜け出してごらん。できるもんならさ〜」
「……抜け出すもなにも」
 カラダの震えをおさえてドールゴースト味クッキーは身じろぎしました。
「呼び戻したのはあなただけれど、ワタシは自分の意思でこの塔にいるのよ。間違えないで」
「おお、偽りの塔の亡霊らしい! いい嘘だ。だが、現実を認識できないのは愚かじゃないか〜?」
「じゃあ、賢者さん。あなたこそ力を半分削がれたという現実を見据えたらいかがかしら」
 シャドウミルククッキーの双眸がうっそりと細められ、ぐ、とドールゴースト味クッキーの胸元を手で押しました。彼があともう少し力を入れたら割れてしまいそうです。痛みがなくても割れるのは心地のいいことではありません。
 彼も彼ですが、どうして自分もここまで反抗的になってしまうのでしょう。シャドウミルククッキーとの対話を試みるたびにそれは歪んでいき、いつしか自分の口からも捻じ曲がった言葉が出てくるようになってしまいました。彼と対話するために塔に残っているというのに、自分からも支離滅裂なコミュニケーションをとるようになっては意味がありません。
「シャドウミルククッキー!」
 ドールゴースト味クッキーは彼の下でもがきました。彼との会話はいつも自分が壊されて終わります。再会しても繰り返すようであればそれこそ愚かです。
 暴れるドールゴースト味クッキーをしばらくもてあそんでから、シャドウミルククッキーは唐突にため息をついて素っ気なく彼女を解放しました。はじめてのことにドールゴースト味クッキーが戸惑っていると、彼女を起き上がらせました。
「粉々にしてやろうかと思ったが、今やると集約するのに時間がかかるな。実は数日も経たないうちに役者が来る。大舞台になるだろうから、観劇させてやるよ。観客席に座ろうにも粉のままだとできないだろ〜?」
 肩を上下させながら、ドールゴースト味クッキーは生地を白くさせました。彼が舞台を用意するということは、つまり酷い偽りが展開されることと同義だからです。
「さっきお前が興味を示したクッキーも出る。精々見逃すなよ」
 最後に大げさな身振りで礼をしてから、シャドウミルククッキーはひらりと姿を眩ませました。
「待って……」
 ドールゴースト味クッキーは反射的に呼びかけましたが、返答はありません。
 しんと静まり返った部屋の中で、ドールゴースト味クッキーはベッドの上で蹲りました。目の前にシャドウミルククッキーの人形が転がっています。しばし人形を見つめてから、ドールゴースト味クッキーは彼の似姿を抱きしめました。

クッキーラン,シャドウミルククッキー